石坂わたる(中野区議無所属) 「ゲイを公言した理由。マイノリティとマジョリティの境界線をなくしたい」 【No.6】(書き起こし済み)

公開日: : 最終更新日:2014/10/30 ---石坂わたる, 対談 , , , , , ,

前置き

※今回は、約1年ほど前の話になるのですが、中野区の区議石坂わたるさんという方と対談をした動画を文字起こししたので改めて掲載いたします。

 

以下にも情報を載せてあるが、石坂さんはゲイを公言している区議である。そもそも、対談をしたのは、とあるかたからご紹介して頂いたのがきっかけである。なので、そのときに存在を初めて知った。

最近は、区議の方や政治を目指したかたとの対談を積極的には行っていない。理由としては、時間があまりないのと体力とお金が結構消耗してしまう、そしてなんか眠いからである。ただ、このような「なぜ区議になったか、どうして政治なのか」などのくわしい情報があることで、本当に信頼して議員なのか、また、わずかばかりではあるが政治に興味を持つ人が現れると思うので、区役所なりがこのようなコンテンツを作ればいいのになんてね。そうすることで、今年猛威を振るった県議などのような当選した理由が不明な議員が出ずらい環境になるのではないだろうか。と、思う次第だ。

 

石坂わたる(中野区区議無所属)

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2007年4月22日投票の東京都中野区議会議員選挙(定員42名)へ無所属で立候補したが、1091票獲得するも落選した(56名中51位。最下位当選者とは567票差)。障害児教育関係の職務経験と、セクシャルマイノリティ関係のボランティア・活動経験を活かしての立候補であったが、オープンリーで立候補をした、日本初の性的指向におけるマイノリティ公職者の誕生はならなかった。

2011年4月24日投票の中野区議会議員選挙へ前回同様無所属で立候補。「性的マイノリティのために働く当事者」というイメージを払しょくすべく、「すべての社会的マイノリティの多様性の尊重」、「全て区民の『不安と孤立を見捨てない』」、「マイノリティとマジョリティの協働」を打ち出した結果、1620票を獲得して定員42名中39位で初当選を果たした。これにより、同日豊島区議会に初当選を果たした石川大我と共に、日本初のオープンリー・ゲイの公職者となった(なお、トランスジェンダーの公職者としては、2003年以来世田谷区議を務めている上川あやがいる)。また、中野区初の精神保健福祉士資格を持つ議員でもある。(Wikipediaより

 

目次

  • 夢の島という事件をきっかえに
  • 小中学生時代で、ゲイという同性愛の感情をどのように打ち消していたか?
  • 好きな人に告白し、両親にセクシャルマイノリティを打ち明けた日
  • 区議をする中でゲイをカミングアウトしたことで考えるグラデーション
  • 若い人を政治に興味を持ってもらうにはまずは、身近なところから
  • 中野区の事情
  • 趣味は、ボランティアと最近は出来てないシュノーケリングとマラソン
  • たつのこ通信とお茶会
  • 思い描く、理想の社会

 

夢の島という事件をきっかえに

みずしま「本日はよろしくお願いします。まずは、石坂さんのご経歴をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

石坂わたる「はい。現在、中野区議会議員1期目で、前半は子ども文教委員会、地域社会推進委員会に所属していて、後半は、総務委員会、震災対策特別委員会などで区政全体をみています。日々勉強し様々なことも学ばせて頂いております」

みずしま「ご紹介のほうありがとうございます。そもそも、区議になられたきっかけはなんですか?」

石坂わたる「いくつかあるのですが、もともと養護学校の教員をしていまして、その際に、業務状況などの労働環境改善を上の立場である、校長先生や教頭先生に進言しても、みな同様に少ない給料の中で頑張っていたため、なかなか言いづらいということがありました。しかし、このままでは決してよくないと思い悩んでいたところ、友人のお話を聞いても、働きやすい環境になっていないようで、さらに痛感しました。なので、仕組みを作る側に行き改善するのがいいのではと考え始めました」

みずしま「なるほど」

石坂わたる「また、私は、セクシャルマイノリティ当事者なのですが、一緒に付き合い始めた連れ合いと、その当事者なりの意見を様々な人にアンケートをとり、マイノリティの方たちがよりよく生活できるような提案をHPにアップし発信していました。しかしながら、いい回答もありましたが、理解を示してくれない人も多く、このままではいけないと、思ったこともきっかけの1つです」

みずしま「その他、なにかありましたか?」

石坂わたる「2000年に、夢の島という公園で、同性愛者が中高生に撲殺されるという事件がありました。その当時、ホモ狩り、ホームレス狩りや、おやじ狩りなどのものが流行っており、そういったものをなくしたいと強く思っていました。また、2006年にも似たような事件があり、『同性愛者であれば立場が弱いから、警察に届け出ないだろう』ということで行ったそうです。こういうことが二度と起きないよう、きちんとした人権を子どもたちに教えたいという考えで、教員になろうと決意し、当初は社会科の教員を目指していました。ですが、いろいろな変化もあり最終的に養護教員になったのですけどね。ただ、先ほども言いましたが、その養護教員の現場にいる中で、政治を変えなければという思いも強くなっていきました」

みずしま「そういったことがあったんですね。そこから、ご決断し政治へと?」

石坂わたる「はい。わたしは、政治に興味を持ちつつ障害児教育を行っていたので引き出しが多いのではないかと一緒に住んでいて政治学を学んでいる連れ合いからアドバイスを受けました。そうしたこともあり、2007年に一度選挙に挑戦しました。そのときは、マイノリティが暮らしやすい社会ということを前面に打ち出しての出馬です。当事者ボランティアなどはたくさん集まったんですけど、多くの有権者に届かず落選してしまいました」

みずしま「落選という経験もあるんですね」

石坂わたる「はい。その後、地域の中で活動していて、選挙の時にカミングアウトしていたこともあってか、ゲイの石坂さんだということを言われるようになり、気軽に声をかけてもらい、徐々に、セクシャルマイノリティの石坂さんということが認知されるようになってきました。そうした流れの中で、2011年の時はマイノリティの人もそうですが、そういうことも含めてセイフティーネットを張っておけばマジョリティの人がマイノリティになってしまっても大丈夫な社会を作るということを掲げて再び出馬しました。そのときは、引退した議員の方が協力してくれたり、様々な心強い協力もあったりしたおかげで当選することができました」

 

小中学生時代で、ゲイという同性愛の感情をどのように打ち消していたか?

みずしま「小中学生時代の話をお聞きしたいのですけが、先ほどゲイをカミングアウトして出馬したとおっしゃっていましたよね。小中学生のときはどのような感情で過ごされていたのですか?」

石坂わたる「そのときは、誰にも言わないようにしていました。さらに同性愛者じゃなくなるにはどうしたらいいだろうと考えていました。そもそも障害児教育などに携わるきっかけになったのが、中学生のときの体験が大きいと思います」

みずしま「どのような体験でした?」

石坂わたる「思い悩んでいるときに、忙しければそういったことも忘れてしまうだろうということから部活や生徒会活動を積極的に打ち込んでいました。ですが、夏休みになると時間をもてあまし、漠然と将来の不安を感じることが多くなってしまいました。とくに私の場合は、母方の実家が本家の4人姉妹で、孫の代で男の子は、私か弟かしかいなかったんですね。なので、私が、母方の実家へ、養子に行かなければならない、その際は、結婚もしなければならないので、どうしたらいいのかと勝手に抱え込んで悩んでいました。そんななかで、障害者施設の夏休みボランティアをみつけ、気晴らしにということで参加してみました。そこで、こんな自分でも受け入れてくれる場があるのだと感じ、それ以来継続的に続けるようになりました」

みずしま「行動したことで、悩みが解消されていったんですね。では、これを観ている人で、打ち明けられない小中学生などに声をかけるとしたら、どんなことをかけますか。石坂さんのように、行動することが必要ですかね?」

石坂わたる「そうですね。人との出会いで解決することもありますし、一人で悩んでいると中々解決しづらいと思います。いろんな価値観の人と接する中で和らぐこともあります。なので、まずはなにか行動してみるというのが大切かと思います」

みずしま「とくに学校だと閉鎖的なので、別の相談できるようなところがあればいいですよね。そういった、第3者的なところはあるんですかね?」

石坂わたる「あると思います。私の頃と違い、ネットなどで情報を得られますしね。ただ、第一歩は踏み出しづらいとは思います。私の場合だと、中学校のときにボランティアに飛び込んで上手くいったのではないかと。そこでの経験から、セクシャルマイノリティの施設に飛び込むことがスムーズにできて上手くいったと思います」

 

好きな人に告白し、両親にセクシャルマイノリティを打ち明けた日

みずしま「それは高校生のときですか?」

石坂わたる「はい」

みずしま「そのときはご両親にも打ち明けたんですか?」

石坂わたる「そうですね。高校のときに好きな人が出来て、自分は好意があるんですけど、相手にとっては迷惑だろうなと思って悩むわけです。通学中、電車を駅で待っていて、なんとなく線路へと吸い込まれるような感覚があり、そのまま行っていたら危なかったのではと、それぐらい思い悩んでいました。ただ、いつかは、家族や親戚にも知らせなければならないときがあるので、『どうせならば』ということで、好きだった人に高校を卒業して別れてしまうまえに、言おうと決意し思いを伝えました。そして、カミングアウトしてみたら、その人から、まぁ、その人は同性愛者じゃないんですけど、『恋愛感情は持てないけど君はそれでいいんじゃない』と言われて救われましたね」

みずしま「そうなんですね」

石坂わたる「また、ちょうど時代的にも、いわゆるゲイブームなどと言われていて、ハイティーン向けの雑誌などでも同性愛者のことが取り上げられるようになりました。例えば別冊宝島とかですね。昔からのゲイ雑誌でなくて、新しいもので情報を手に入れたり、パソコン通信とかで、同性愛者仲間とコミュニケーションが取れるようになったりしていて、その矢先両親に、ゲイ雑誌がみつかってしまいました。ごまかそうと思いましたが、好きな人にカミングアウトしたのが1ヵ月ぐらい前だったということもあって、両親にも打ち明けました」

みずしま「そのとき両親は納得しましたか」

石坂わたる「いや、3年ぐらいかかりましたね」

みずしま「やはり、すんなりとは行かないんですね」

石坂わたる「頭の中で分かっていても、自分の子どもがまさかと、感情的に受け入れるまで時間がかかったみたいですね。母のほうも一人で抱え込むのが辛かったみたいで、親しい親戚や、友人に相談する中で、徐々に受け入れてくれるようになりました。私が、大人になってからカミングアウトしていたら、「出ていけ!!」と言われたかもしれませんが、高校のときだったので、出て行ける環境でもなかったですしね。そういったことも含め3年という間にいろいろと話し合いながら納得してくれるようになりました。いまでは、連れ合いを紹介したり、お互いの実家同士でも交流したりして、大きな問題はもうないですね」

みずしま「話し合うというのが大切ですかね?」

石坂わたる「そうですね。やはり、ボールを投げ続ける。そういったことが大切だと思います。向こうが避けていてもずっと投げ続ける。その投げる力が強ければ痛みとして相手も感じてくれるはずです。聞いた話だと、カミングアウトしてなんとなく「あぁそうなの」と受け入れてくれたと思って安心していたら、『結婚どうするの?』と言われて、『ゲイだからって普通に結婚は出来るんでしょ』みたいに思われていたみたいで。自分の場合は常にボールを投げ続け、話し合うことが大切だったと感じています」

みずしま「でも、家庭環境などで投げ続けることが出来ない人もいると思うんですけど、そういう人は、どうすればいいですか?」

石坂わたる「そうですね。常にじゃなくても、タイミングをみつけて1度投げるだとか、親元を離れていたとしても、少しずつ情報を小出しにしていくこともいいと思います。また、ゲイの友達を紹介することで、相手を知り、上手くいったなんていうエピソードもあるみたいです。うちは3年でなんとかなったのですが、様々なケースがありますよね。まぁ親子なので、受け入れたくないと思い続ける人もいるかもしれませんが。ただ、関係が切れてしまうというのはボールを投げ続けていれば避けられるのではと思いますね」

みずしま「ご両親に打ち明けて重荷は解消されましたか?」

石坂わたる「はい。また、高校のときは、親しい友人にもカミングアウトできたので楽になりましたね。ただ、大学や社会人とかだと、受け入れてくれない人もいたりして、かえって思春期の高校生ぐらいのほうが、頭が柔軟ということもあるんでしょうかね」

 

isizaka

区議をする中でゲイをカミングアウトしたことで考えるグラデーション

みずしま「ご両親の世代だとか、年上の世代ってゲイとかに対して受け入れないという古い考えの人もいると思うのですが、例えば、区議をする際はカミングアウトしているじゃないですか、苦労などは、やはりありますか?」

石坂わたる「まぁ、実際の腹の中は分かりませんが(笑)。反応として多いのは、マイノリティの活動をしている人たちと共感する部分もあり受け入れてくれる人が多いです。そもそも障害者であるとか、外国人の住民の方だとか、あとはシングルマザーの方だとか、事実婚の方だとか、そういったかたとは共通の部分があるよねということで応援してくれたるということもあります。あとは、石坂さんが、ゲイである部分というのは特に問題ではなくて、むしろ一人の議員としてということが重要だから、そのことで支援するというかたもいますね」

みずしま「いろんな人が支援してくれるわけですね」

石坂わたる「そうですね」

みずしま「石坂さんの区議としての主な活動としては、マイノリティの人を支援するということですか?」

石坂わたる「それもありますし、マジョリティとマイノリティの垣根をなくすということもありますね」

みずしま「具体的には?」

石坂わたる「まだ、議員としてなにか出来たということはありませんが、行政として行うサービスの際に、その線引きをするということですね。例えば、障害者と健常者の違いだとか、でもほんとはその辺はグラデーションなんですよ」

みずしま「グラデーションといいますと?」

石坂わたる「自分が落選した後に、障害児介助員として養護施設でのお仕事、区役所の外国人登録の窓口でのお仕事、中野区ではないのですが、区の教育センターの職員として、通常のクラスにいる障害者児童への対応についてのアドバイスや、専門学校の非常勤講師など様々なところで働かせて頂きました。そのときに、どの子が障害児でどの子がそうじゃないと聞かれることが多々あったんですね。役所などで、判断するには、そういった線引きは必要があるかもしれませんが、例えばIQってありますけど知的障害の子を70で線引きするとしたら、そのギリギリの子はどっちなのって考えたら、なんか変だと感じました。どの子もつまずいたときに指導するのが、特別支援なんですよということが大切なのではないかと。いま、健常者と呼ばれている子であっても、その中心からいろんなグラデーションがある中で、貧困と呼ばれるような収入であっても、悠々自適にやっていける人もいますし、本当に厳しい人もいますよね。そう考えた時にどうなのだろうと思いませんか。ふちの部分を見逃すとどうなってしまうのかと考えるようになりました」

みずしま「ギリギリのところの線引きは難しいですよね」

石坂わたる「とくに教育センターで指導していて感じたのが、障害児の子をいじめてしまう子も、この子も苦しいのではないかと。あとは、ヘイトスピーチが最近ありますけど、それに賛同している人もなにか生活に苦しさを感じたりしているのではないでしょうか。つまり、支援の枠にかかっていないような、ギリギリのところにもスポットを当てなければいけないと思います。ただ、行政だと予算というもので判断しなければならないこともあるので、どこかで区切りをつけなくてはならないのですが、見落としちゃだめだと凄く感じますね」

みずしま「そういった人たちを上手く救い上げるというのが今後の課題ということですかね」

石坂わたる「はい」

 

若い人を政治に興味を持ってもらうには、まずは、身近なところから

みずしま「そういった人たちの中で、若い人もいると思うのですが、政治に積極的に参加し、改善しようと声をあげているような人はあまりいませんよね。そういった政治にあまり興味がわかないような人に、興味を持ち、少なくとも投票してもらうにはどうすればいいでしょう?」

石坂わたる「まずは、自分が住んでいるところ、中野だと中野区政に関心を持ってもらうってことが大切ですよね。よく、マンションとかに集合ポストとかあるじゃないですか。その下にチラシを捨てる場所があって、そこに区報があったり、あるいは、区報を配布するのにクレームがあったりするんですよ。その現状を聞くと少し悲しくなります。なので、まずは、区政に興味をもってもらいたいです。若い人たちで、自分には関係ないと思う人も水道をひねったら水が出てくる、出したごみを片付けてくれる、そういった仕組みがあるというのも全て政治がしっかり行われているからと考えることもできます」

みずしま「無理なく住めるように仕組みが整えられているわけですからね」

石坂わたる「そうやって、考えると政治から切り離されて生きられる人はいないと思うんですよ。だから、自分の身の回りのことを気にし出すと政治に絡んだことが多いいですよね」

みずしま「そうですね」

石坂わたる「とくに私の場合は障害者関係の活動をいままで行ってきたので、そういった団体を多く知っています。そこでは、いろんな蓄積があるわけです。そのようなところでは、議員とつながりも強く、困っていることを相談して、一緒に社会を変えるノウハウを知っています。しかし、なにも所属していない若者は、政治と直結していることだと分からなかったり、相談しても意味がないと思っていたりということがあります」

みずしま「情報を知らないということはありますね」

石坂わたる「些細な問題でも、身近な議員に声をかければ伝わりますよね。いまだと、FacebookやTwitterなどを使って、匿名であっても、『区民のものです、こういうことをどうしますか』と発信する程度でも、伝えることは可能です。議員としても意識があれば、なにかしら効果はあると思います。なので、気軽にぶつけていいわけなので、『その気づいてもらいたい、知ってもらいたい』ということを発信すれば伝わるということを実感してもらいたいです」

みずしま「なので、ちょっとでも困ったことがあれば、そういった区議のかたに相談するということをやってもいいわけですね。そうやって少しずつ、小さなところから変えていくことが大切ですね」

 

中野区の事情

石坂わたる「自分ひとりじゃ変わらないと思っている人も、みんなで動けば変わるはずです。例えば、中野区だと区議選と区長選が違うということもあってか、投票率が3割程度で当選してしまいます。もちろんそれはそれでいいのですが、本当に変えたいのであれば、浮動票が7割近くあるわけですから、変えたいという思いがあれば、その7割が動くことで変えられるはずです。私もそうですが、3人以上に同じことを言われればもっと多くの人もそう思っていると感じるので、そのときは、区の職員に聞いてみたり議会に直接問いただしたりしています。自分ひとりで感じていることであっても、案外みんなも同じである場合があるので、とりあえず声を上げてみるということが大切だと思います」

みずしま「若い人たちも積極的に声をあげたほうがいいということですね」

石坂わたる「そうですね。さっきほど3割程度で区長が当選するといいましたが、例えばその3割の中で高齢者が多くを占めていたら高齢者の施策へと目がいってしまいますよね。ですが、それが若い人であれば、若い人に目がいくわけです。そう考えると、若い人が選挙にいかない、声をあげないということで、マイナスに作用してしまっているともいえます」

みずしま「石坂さんが、政治に挑戦しようと思っていなかったころだとかは、そのへんのことはどう思ってました?」

石坂わたる「私は、若いころから比較的に自分が行くことで変わるかもしれないと思っていたので、行っていましたね。例えば、投票率が6対4の割合で勝った政治家がいたら、その4割は、なぜそっちにいってしまったのかと考えると思います。なので、たとえ、自分が投票した政治家ではなくても、まずは行ってなにかしら意思表示をすることが大切だと思います」

みずしま「なるほど」

声をあげないと、存在しないと思われてしまうマイノリティの怖さ

石坂わたる「自分がセクシャルマイノリティというのもあるかと思いますが、声をあげなければ存在しないとみなされてしまいます。やっぱり、声をあげる、意思表示をするということが大切です」

みずしま「石坂さんがおっしゃっていたように、常にボールを投げ続け、その投げるボールが強ければ、相手に痛みも伝わり、反応が返ってくるという、まさにそういうことですね」

石坂わたる「なにもしないと、セクマイはいないと思われてしまいます。若い人も同様に、いないとみなされてしまいますよ」

みずしま「声をあげれば、かならず賛同してくる人は現れますもんね」

石坂わたる「そうですね。じわじわと広がると思います。ただ、議員も区の職員も人間なので、ボールを投げるとしても喧嘩腰だと、それはそれでなし崩しになってしまうので、一緒に考えていくという形が必要です」

みずしま「だから、文句ではなくて、提案というか、具体的なことが必要ですよね。なにか問題があり、それをやめてほしければ、ただやめろと言うのではなくて、どのようにやめていくか、なぜやめるのかなどの具体性があったことを投げかけていけばいいですよね」

石坂わたる「ただ、一方的に意見を聞くのではなくて、反対意見もしっかり聞くことが大切です。そうすることで、本当にそうなのかと熟慮し、一緒に考え、判断しなければと思っています。」

 

趣味は、ボランティアと最近は出来てないシュノーケリングとマラソン

みずしま「話はずれますが、人となりを知ってもらいたいので、趣味とかをお伺いしてもいいですかね?」

石坂わたる「んー、そうですね、やはり、中学生の頃から好きになった、ボランティア活動とかですかね。単発のものが多いですが、そこでの人との出会いというのが面白く、常に魅力的です。あとは、水泳ですかね。最近は、忙しくなかなか出来ないのですけどね。小学校から行っていたのですが、通常は、泳ぎ方を覚えるにつれてより速くということを目指すようになりますよね。私の場合はそうではなかったんですよね。泳ぐということが面白かったんですよ。なので、社会人になってからシュノーケリングをやるようになったんですね。議員になってからは行けてないんですけどね。あとは、運動神経はあまりよくないのですが、長距離が好きなので、大学時代は駅伝を仲間と行っていましたよ」

みずしま「長距離って、運動神経というより根性でどれだけ頑張れるかということもあるので、頑張れば頑張るほど結果が付いてくるのでいいですよね」

石坂わたる「そうですね。誰かと競うというより、自分との闘いという要素もありますからね」

 

たつのこ通信とお茶会

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みずしま「石坂さんの活動を知れる、たつのこ通信というのがありますが、これはどういったものなのでしょう?」

石坂わたる「議会が2月末~3月、6月、9月末~10月、12月と4回あり、それが行われた、翌月あたりに、その内容を報告するという形で発行しています」

みずしま「なるほど。ぼくは、結構これを読みこんだのですが、石坂さんなりのチェックポイントなどがあり、分かりやすいですよね。漫画とかも載っていたりして」

石坂わたる「ありがとうございます。とくに気を付けているのが、専門用語をあまり使わないようにしています。議会の言葉は、とくに分かりづらいのでそれをそのままもってきてもみてもらえないと思うので、ポイントを押さえて解説するようにしています」

みずしま「こちらのほうは、石坂さんのホームページからご覧いただくことが可能なんですね」

石坂わたる「はいそうです。また、ご希望があれば配送のほうもしています」

みずしま「あと、定期的に行っているお茶会。これはどういったものでしょう?」

石坂わたる「1~2月に1回程度の割合で行っています。ここでは、議会の内容を振り返ってみたり、区内の悩みを聞き、それを解決するためになどのお話をしたり、ワイワイガヤガヤと行っています」

みずしま「年齢的にはどういった人が多いですか?」

石坂わたる「学生さんもいたり、60、70歳代のかたもいたり、男女もバラバラですしね。もちろんセクシャルマイノリティのかたもいますし、多様な方たちにお越しいただいています。区民じゃなくても、関心があれば、大丈夫です」

みずしま「いろんな人がいて、いろんなことをする場なんですね。こういったところで、人との繋がりができ、多様な意見を聞けるというようなことなんでしょうね」

石坂わたる「はい、そうですね。ホームページTwitterFacebookをみて頂ければ情報を発信しています」

 

思い描く、理想の社会

みずしま「最後に、石坂さんが思い描く、理想の社会というものはなんでしょう?」

石坂わたる「みんなで作っていく地域、社会というものですね。とくに、中野区はお金のない区といわれるんですよ。でも、区民の方は、ないのであれば『自分たちで何かを始めよう、アイデアを出そう』というような人たちが多いんですね。中野区の特徴はとくに昔から住んでいる高齢者のかたと、出入りの激しい若い人が多く住んでいるということがあげられます。なので、お互いの反発があまり少ないです。それは、いろんな人が混ざり合って、何かを出来うる地域なのかもしれません。そうした中で、区の職員だけがなにかを考えるのではなく、地域の人と一緒に考えるのが必要です。区の職員、議員、地域住民(在勤や在学の人なども)や区から委託されている民間企業などが垣根なく一緒に活動できるような区を目ざしていきたいです」
おわり

(9748字)

 

動画はこちら

「ゲイを公言して政治家になった理由」
00:34 石坂さんのご経歴
01:32 区議になられたきっかけ
05:17 夢の島公園で、ゲイであるという理由から起きた事件から人権を守るために
07:22 落選した経験から考えたこと
09:10 教員になろうと思ったきっかけ
11:18 小中学生時代の同性愛者としての葛藤
13:33 同性愛として悩みを打ち明けられない人はどうしたらいいのでしょうか?
15:36 石坂さんが高校生のときご両親に打ち明けたきっかけ
18:40 事実を受け入れたくないご両親との会話から生まれた結果
21:58 理解してもらうためにボールを投げ続ける
23:00 理解されると重荷は解消されましたか?

 

後編 みずしままゆき×石坂わたる(中野区議無所属)「現在の活動、そして常にボールを投げ続けるべし」
00:05 議員としての実感すること
03:04 養護学校の教員などの経験から実感すること
07:05 若い人が政治に関心を持つのはどうしたらいいですか?
09:55 政治は遠いようで実は身近
14:00 石坂さんが若いころは政治に対してどう感じていましたか?
16:08 常にボールを投げ続ける
17:03 一緒に考えるように投げ続ける
18:20 ところで、石坂さんの趣味ってなんですか?
21:50 中野区政の様子が分かる「たつのこ通信」というものを年に4回発行してます。
24:11 定期的に「お茶会」や「学習会」も開いています
26:30 2013年12月にうつとメンタルヘルスという会を開こうと思っています。
27:06 石坂さんが思い描く理想の未来とは?


クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
みずしままさゆき を著作者とするこの 作品 は クリエイティブ・コモンズの 表示 4.0 国際 ライセンスで提供されています。

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